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![]() やばいです。10月終わっちゃいました。 地元の駅ではもうクリスマスのイルミネーションが。 記事を書き始めて半月しか経っていないのに なんだかすごく時を経たような気が。 大好きな秋がもう終わっちゃいそうで、毎日じたばたしてましたが 今日こそ書きあげちゃいます。おくんち完結編。 今回は後日(あとび:最終日)のお話です。 じつは後日は息子の誕生日でもありました。 朝はおくんちのことよりもそちらの方に頭はシフトし オススメのケーキ屋があるという姉をのんびりと実家で 待ってたのです。約束の時間まであと30分。そのとき、 なんだか外からブラスバンドのような音が… 鉄琴、シンバル、太鼓の音。 近所の高校のブラバン練習よ、と父はあっさり流したが なんだか妙に胸騒ぎがする。いや、違う。 どうもブラバンじゃないような気が…。 もしや!? ちょっとこれアレだよほら、アレ!行ってくる!と一人で 家の外に飛び出し、音のする方向をたどって市役所前通りへ出ると 鮮やかに音色が響き渡り、大きな船が目の前に現れました。 出島町の阿蘭陀船…! 前日退場してあんまり見れなかった船ですね。 車道をまっすぐに、わき目もふらず直進中。 引き寄せられるように私はずんずん後を追っかけました。 これ、庭先回りじゃない。この先にあるのは… ぼんやりしていた頭でようやく気付きました。 これ、諏訪神社に向かってるんだ。 ![]() 諏訪神社は後日最後の踊り場となる本場所。 ひさびさにおくんちの渦中に2日間すごして、このエキサイティングな日々が ずっと続くような、終わりのないような感覚が私の中にうっすらあったんでしょう。 最終日だと頭ではわかってたんだけど、この阿蘭陀船の直進を目にして それがびしびし実感として沸いてきました。 ![]() 依然ずんずん後を追っかける私。 すごいなあ、踊らなくても回らなくても、鼓笛のBGMとともに ただ直進している姿を見るだけででこんなにワクワクしちゃうのだ。 私のドーパミン具合がえらいことになってる。 やがて諏訪神社ふもとに到着。 踊り場は長坂(長い石段)の頂上にあるので 阿蘭陀船は急な坂を登っていきます。 ![]() 会場はちょうど御座船の出番。モッテコーイで沸く歓声を聞きながら 境内へと続く長坂へ回ると、たくさんの人が 最後の本場所を下から見守ってました。 高さのある船は、意外にこんな下からも見えるもんなんだね。 ![]() 下からだと、去り際に勢いづいた船が 石段ギリギリで止まる様子がよく見えます。 このギリギリ感ほんとにすごい。 崖に向かって全速疾走してるようなもの。 曳きモノの踊り町にとって、諏訪神社での演技は毎回命懸けだと思う。 ![]() ![]() こんな下からでも、皆とても楽しそう。 「ほらお父さん、こっちがよう見ゆっよ。」 「うわあ、落っちゃけてくっごたっ!」 それからこの下にもじつは人がたくさん。 あっちこっちから弾んだ声が聞こえてきます。 この出番待ちの阿蘭陀船が、じつは最後の本場所の大トリだったことを 後で知りました。この後きっとすごく盛り上がったことと思います。 約束の時間もあったので(過ぎちゃってたけど…!)この後すぐ 走って帰宅し、その後の様子は見届けられなかったけど、 当日の思いが綴られている阿蘭陀船のブログをのちに発見しました。 (ご参考:出島町 阿蘭陀船ブログ) こんなに日にちを経てるのに、これ読むとまた胸が熱くなってしまう。 きっと他の踊り町の方も、皆さん同じような思いなんだろうなあ、とか、 でも今はもう、みんな日常の世界に戻ってるんだなあ、とか、 寂しいような暖かいような、そういういろんな思いが ごちゃまぜになって押し寄せるのです。 あとこの日、たぶん私が来る少し前に、珍しい人が観に来てたことも 前述のMILKさんのブログで知りました。もうちょい早く来てれば見れたかも…! お昼に息子の誕生日をお祝いしたあと、まだ行ってなかった 大波止を通って水辺の森公園へ。 ![]() かつて県庁前通りに賑やかに並んでた露店はすべて大波止に集められて、 そこはちょっとものすごい規模の露店ゾーンとなってました。 露店って何も買わなくても、囲まれるだけで楽しいんだよね。 ![]() 露店エリアの賑わいと、公園エリアの開放感が絶妙のコントラストで 午後はほとんどここでまったりと過ごしました。 そうしておくんちの1日も暮れていきます。 ところで、休止してたブログを復活してまで なぜこんなにおくんちのことを書きたかったんだろう、と 書きながら考えました。 書いてて楽しいから、というのがもちろん第一なんだけど 自分の中に「書かねば」という別の衝動があることも感じる。 これはなんだろう。 最初は意識しなかったけど、その原動力の1つはやはり 大叔父が夏にこの世を去ったことかもしれない、と 思い至りました。 おじちゃんの家はコッコデショの踊り町、樺島町にあります。 お医者さんに宣告された期限はとっくに過ぎてたけど 身内からは元気だという話を聞いてたので、おくんちの帰省時に おじちゃんには必ず会えると思ってました。 いや、そう思い込むことでたぶん、願掛けしてたんですね。でも間に合わなかった。 今回ようやく帰省しておじちゃんの家に行くと、去年の帰省時に撮った 息子の写真がリビングに飾ってありました。 おじちゃんは毎朝その写真に向かって「おい、イオくん。おはよう!」と 声を掛け、会える日を楽しみにしてたとのこと。 「おくんちに間に合わんかったとよ」と言うおばちゃんの前には コッコデショの手ぬぐいが飾ってありました。 記事を書いていると、おじちゃんやおばちゃんのことが つぎつぎに頭に浮かんできます。そうするとまた おくんちのことを書かなきゃ、書きたい。という気になる。 お通夜も式も行けなかったし息子にも会わせてあげられなかったけど こうして今年のおくんちについて書いたり思い出したりすることが、 ちっぽけだけど私に出来る大事なこと。そんな気がするのでした。 そしてもう1つの原動力は、やっぱり長崎が好きだということ。 長崎のために何かしたいなあ、という気持ちがなんだか 予想以上に自分の中にめらめら燃えてることを 今回の記事で気付いちゃった感があります。 それはたぶん、片思いの気分にも似てる。 さて、長くなってきて最後に出すのもアレなんですが おくんち最終日、以上で終わったわけじゃありません。 しこたま遊んで夕方電池が切れた(寝ちゃったのね)息子を 実家に預け、しめしめとばかりに浜の町アーケードへ1人繰り出しました。 浜の町は繁華街。各町最後(たしか)の庭先回りが見れるポイントなんです。 これがめちゃ盛り上がるんですね。で、行ったはいいけど 予定ポイントには、ものすごい人だかりが… 私、人混みの中でじっとしてるのが苦手なのです。 それに次の演し物がくるにはまだずいぶん時間があって見れなさそう。 なので、前から気になってたあるものをウォッチングして歩き回って おくんちを締めることにしました。 それはこれです。 ![]() 家紋まん幕と呼ばれるもので、おくんちの3日間これが一斉に いろんな軒先に飾られます。 全国的にある物なんだけど、商店のロゴ入りのまん幕なんて見たの 初めて(というか気付いたの初めて)だったので衝撃を受け、急に まん幕自体が気になってしょうがなくなりました。 商店がすらりと並ぶ浜の町は、特にまん幕の宝庫。 まん幕ウォッチャーにはたまらんものがあります。 ではほんの一部ですが、一気にどうぞ! ![]() ね?ちょっとたまんないでしょ? 帰省前はまさかまん幕撮りまくるとは思いも寄らなかったんですが この無心になってまん幕を撮りまくるアホな自分にまたちょっと グッと来たりするもんだから、わからないもんです。 その後、息子が気になったので帰ることにし 私のおくんちは幕を閉じました。 翌日はもうすっかり、日常の風景に。 祭りの後には寂しさがつきもの。 でもこのはかなさも好きです。 この余韻も込みで祭りの醍醐味。 今回はそこまで滞在できたことが本当にありがたかったです。 もう外が明るくなってきました。 これでおくんちレポは終わりです。 もうすぐ秋が終わるのは寂しいけど、 年末にむかうこのソワソワ感も好き。 そうやってあーだこーだ言ってるうちに、 けっきょくなんだか1年間楽しめちゃうのです、きっと。 さあでは、ばたばたの日常に戻ります…!
すいません。後編のつもりだったけど明らかに
1記事のキャパに収まらなくなったため、今回 「踊り場編」として、後日の記事と2つに分けます。 前回も「庭先回り編」に変更でーす。 さて、前回書いた庭先回りでは、 気の向くままに街を歩くことで、偶然の出会いと ひとときのお披露目の妙、手で触れられそうな臨場感と、 流しのシャギリの粋さ…などなどを、自分のペースで 間近に肌で感じることができて、街ごと祭りの空気を楽しめる という醍醐味がありました。 それに対して踊り場では、演し物1つ1つに込められたストーリーや 細かい仕掛け、観客の歓声と「モッテコーイ」の呼び声(アンコール の意味)が飛び交う熱気むんむんのライブ感、そして全踊り町の 魂のこもった演技をフルコースで見れるという、お腹いっぱいの 楽しみ方が出来ます。 今回はその、踊り町にとってのザ・晴れ舞台である 「踊り場」について書いてみます。えへん。 …なーんつって、じつは私、踊り場でちゃんと席とって 最初っから最後まで通して観たのは実は今回が「初めて」なのです。 いつも庭先回りと「おくんち一色」の街の空気でかなり満足しちゃって 踊り場であえて観るってことがなかったんだな。もったいない…! 加えて、踊り場のテレビ中継っつうのがすごい充実してまして。 朝から通しで、踊り場のライブ中継するのですよ。たしか。 それで昼も夜も、ローカル報道ではかならずたっぷり流してもらえる もんだから、それでひととおり観たような気分になったりして。 あと若い頃ってなぜか、早朝の踊り場よりも夕暮れの露店巡りに もっぱらエネルギー注ぎこんだりしてね… そんなわけでうっかり今まではしょってきた くんちのフルコースの晴れ舞台へ、行ってきました。 中日(2日目)の早朝、場所は長崎公会堂。 で、座れた席が…こんなとこ! ジャーン! ![]() やぐら骨が常に視界に…ええそうです。 ちょっと出遅れたら席ほぼ埋まってたんです。 しかも裏側、後ろの方です。オホホホ。 すいません、以降ずっとこの鉄パイプが入りますよー。 上の写真は本古川町の御座船。 曳き手のお兄さんたちは「根曳衆」と呼ばれます。 御座船の根曳衆は頭を刈り込んでひときわ気合みなぎってました。 といってもこのちっぽけな写真ではまったく伝わらないのがもどかしい…! と思っていたら、とてもすてきな写真で紹介している方がいました。 ↓こちらですっごく伝わります。 以降の演し物についても、こちらのサイトの前後の 記事でご覧になれますのでぜひ。写真が本当にすばらしい…! (ご参考: MILKのPlus One) 次は出島町の阿蘭陀船…なんだけどスイマセン! ここは写真がないんです。そのわけは最後に触れます(泣)。 でも阿蘭陀船は翌日、私にとってある重要な役割を果たすキーの演し物と なりました。次回の記事でそれについて書いてみます。 では続きまして…、 これは東古川町の川船 ![]() 川船には、船頭に扮した男の子が船の突端で 網を投げ魚を一気に捕る、という仕掛けがあります。 これは私が幼少時からやたらとハラハラしてしまうシーンです。 「私だったら絶対できない!!」と(いまだにそう思う)。 その船頭さんが船を降りると、根曳衆によって船が暴れ回ります。 この川船と御座船は機動力があって回りやすい船という印象があり 機敏でとてもスピーディに回ります。 そして椛島町のコッコデショ(太鼓山) ![]() ![]() コッコデショは演し物の中では珍しく、シャギリがない。 その代わり入場時と退場時に、担ぎ手が太い声で歌いながら 左右に揺れながら進んで行くんだけど、これがもう凄まじくシビれるのです。 このときだけ上にお兄ちゃんが4人乗っかって体を反り返らせます。 私はこの入退場のシーンが大好き。写真も入場時と退場時のものです。 お兄さんたちを降ろしたあとに、さらに小さな男の子4人 (太鼓の叩き手)を乗せたまま、コッコデショは突進したり回ったり。 やがて「トーバーセ」の掛け声が始まると「お、来たッ!」と 観客は皆いっせいに身を乗り出します。 1トン以上あるこのコッコデショがその後、宙に舞うのです。 どーやって宙に?!というのは、コッコデショで検索すると 今いろんな動画が出てくるんだけど、ここでは デイリーポータルZのT.斉藤さんの記事をご紹介します。 おもしろい視点の写真も多数あり、私の好きな入退場シーン動画も観れます。 (ご参考:長崎人が激しく熱狂する「コッコデショ」とは?) 斉藤さんも触れてるけれど、コッコデショはその1つ1つの 所作が本当に素晴らしく、毎回見とれてるうちあっという間に 時が経ってしまいます。 続いて、紺屋町の本踊り。 ![]() 姉の話によると、女の子の習い事でバレエは人気があるけれど 長崎ではバレエより日本舞踊を習わせるお母さんが多いとのこと。 それはやはり、おくんちという晴れ舞台があるから。 若い頃はこの本踊りの粋さに気付かなかったなあ。 今観ると、ああ、いいなあと思う。 三味線の皆さんもよく見ると地べたにそのまま正座してます。 下に何も敷物をしないのは、おくんちが神事だからとのこと。 これは小川町の傘鉾。 ![]() 傘鉾は踊り町のプラカード的なもので、各町演じる前に必ず出てきます。 その作りは町ごと実にさまざま、それにまつわるストーリーもさまざま。 重さ100〜150kgくらいあるのに中の人が一人でぐるんぐるんと まるごと回します。 くんちの通はこの傘鉾をいちばん好むという話もよくききます。 で、演し物は唐子獅子踊りというド迫力の獅子舞なんだけど この途中で息子がヒザ上で寝入ってしまい、なんやかんやで写真ナシです…! 最後にこれは、大黒町の唐人船。 ![]() ![]() 船の中でもいっちばん大きい。 さっきの御座船と比較すると2回りくらい大きくて、船を 回しだすと「ギギゴゴ…」というすごい重厚な音が。 しかしいったんはずみがつくとこれがまたどわーっ!と 回りだすので、制御するのがすごく難しいと思う。 しまいにゃ下の石畳が明らかにヤバいことに(ヒビが…) なるくらい、モッテコーイのお声が何度もかかってました。 というわけで肝心の踊り場写真、気付くと 撮った枚数は今回ごくわずかでした。というのも なるべくカメラ抜きで体感したかったというのが1つ。 もう1つは…単に息子の対応に追われていたんですねー。 4才児を4時間ばかし1ヶ所にとどめておくというのは中々難しい。 開始直後にささいなきっかけでギャン泣きし始め自主退場(泣)。 御座船の途中で退場し、阿蘭陀船のときはちょうど 「おねがいだから見させてェー!」と息子を説得してる最中でした。 戻ってもあっちこっち動き回るのを制したり、ハラハラしどおし だったので、席もあそこでむしろよかったのかもしれんです。 (もっとベストポジションだともっとハラハラしてたかも…) しかし途中モッテコーイを会得してからは、がぜん張り切って モッテコーイを連呼してました。 そして演し物が戻ってくると、ほんとに嬉しそうな顔をして。 まさかの入眠は、そこではっちゃけてエネルギー消費しちゃった からかもです。 でもこんな裏側の後ろの席でも、確実に思ったのは 「やっぱだんぜん生で見た方がイイ!」 「テレビじゃ全然伝わりきれない!」 という、揺るぎない事実でした。 若い頃の自分に言ってやりたいっすよほんと。 でもいろいろあって紆余曲折して大人になった今だからこそ ここまでひたむきに、純粋に楽しめるようになったのかもしれないなあ。 最後に大事なことをもう1つ。 踊り場の中でも公会堂広場でのみ聞けるという 解説の「越中哲也さん」についても、ぜひ触れておかねばなりません。 越中さんは、長崎在住の人なら知らない人はいない、と思われるほど 超有名人の郷土史家の方で、長崎の歴史に関することなら 何でも知ってる、生き字引のような方です。 (ご参考:西日本新聞「史学は学者のもんじゃなか」) この越中さんの解説がまた、軽妙でシニカル。 つねに淡々としたユーモアが裏にひそんでおられる。 このマイペースなトークに会場がちょくちょく爆笑。 くんちの熱気と越中さんの淡々ぶりが絶妙のバランスの ドライブ感を生みだし、ひときわライブの楽しさを堪能できました。 越中さんもおくんちも初めてという夫も、横で何度も爆笑。 もー、越中さんのトークだけでも「来てよかった!」と 思えるほどの、個人的にはすごーく贅沢なひとときでした。 越中さんは重要無形文化財に指定してもいいと思う。 永遠に生きててほしいおじいちゃまです。 (もう1つだけ、次に続きます) ![]() ども! ひさびさのプライベートブログ更新です。 というのも先日、10数年ぶりに見てきたのです。おくんちを。 それで、どーしてもそのことについて書きたくなって つい復活してしまいました。スイマセン! よかったら読んでってください。 まず、おくんちというのは、毎年10月7〜9日の3日間 長崎の氏神「諏訪神社」に奉納する演し物(だしもの)を 皆で楽しむ祭りで、日本三大祭の1つといわれるほどの お祭りでもあります。 (ご参考:長崎くんち) 演し物は、59カ町ある当番の町が 順番に、基本的に7年ごとに出番を務めます。 今年は、おくんちでも1、2の人気を争う 樺島町の「コッコデショ」が7年ぶりの出番とあって その独特の盛り上がりを現地でもびしびし肌で感じました。 トップの写真がそのコッコデショ。 コッコデショは内外問わず熱狂的なファンが多いのです。 それでなくても、今年のおくんちは特に いろんな思いをこめて行われたと、随所で耳にしました。 私の1番好きな龍踊りが今年出なかったので、その点だけ 個人的にはすごく寂しかったんだけど、でもやっぱり おくんちのシャギリの音(笛太鼓の独特のお囃子)を聞くと どわーっ!と一気に血が騒ぎだし… 10数年というブランクを経ても、この子供のような わくわくソワソワっぷりが健在な自分に驚きつつ 今回しばしばその血の暴れぶりに、夫と息子を 巻き込んで(?)しまった気すらしました。 私の実家も踊り町にあり、近隣すべて踊り町だったので 秋はおくんちの稽古や準備で忙しく、小中学校の運動会は 春に行うものと相場が決まってました。 (というか、春は全国的に運動会の季節なんだと信じてた) 踊り町の人にとっては特に、秋が近づくにつれ 仕事も学校も二の次の「おくんちモード」になります。 もう、踊り町はおくんちを中心に1年が回るといっても 過言ではないと思う。今もきっとそうだと思う。 演じる踊場は、メインの諏訪神社のほか お旅所、八坂神社、長崎市公会堂の計4ヶ所。 ここでは全ての踊り町を通して観れます…が! その他の時間に演し物がお得意先を順番に巡って 町中練り歩く「庭先回り」が、やっぱりおくんちの 大きな魅力の1つだと思います。 だいたいどこに何時頃くるよー、というタイムテーブルも あるにはあるんだけど、気ままにブラブラ歩いてるとき バッタリ遭遇する、というシチュエーションが、 私は一番好きだなあ。 街を歩くとシャギリの音がどこからともなく聞こえて来る。 「あ、なんか来た!どこ?何が来た?」とワクワクしながら シャギリの音のするほうへたどっていく。 そこにはすでに人だかりが出来ている。 お得意様の庭先前でシャギリが止まり、演技が始まる。 それは唄いだったり舞いだったり曳き回しだったり。 様々な形で、演し物のストーリーのほんの一部をお披露目する。 演技が終わると一拍おいて、再びシャギリが始まる。 シャギリの音と共に一行は次のお得意様の庭先へ向かう。 …これがもう、たまらんのです。 文字じゃうまく伝わらんですのですこし写真を。 ![]() ![]() ![]() 以上は築町市場にて。 ここは古くからの小さな商店が並んでるので、けっこう 頻繁に庭先で止まって演技するのです。 ![]() この辺はアーケードそば。 ![]() ![]() 銀行の皆さんもお仕事ほったらかしでお出迎え。 ![]() ![]() もう、この間交通もストップ…! 他にもいっぱい会ったけど、なんかもう カメラ向けるのがもどかしくて。 ひたすら浸ってばかりいたため、気付いたら あんまり撮ってなかった…はは。 ひと踊りした場所はこんなふうに 地面にチョークでマーキングされていきます。 丸のなかは町名の頭文字。 ![]() これは「こっちいったよー」てことね。 進行方向もチョークで書き書き。 ![]() 庭先回りのなかでも、広い場所にくると ひと踊りだけじゃなくコンプリートに近い形で 踊ってくれることも。 前日(1日目)にぐうぜん、長崎市図書館広場で コッコデショに遭遇。 ここは私が以前記事にも書いた、母校の跡地。 ここにすでにたくさんの人が待ってて… ![]() ![]() 来たよー、向こーから。コッコデショ! ![]() 来たらもう…すごい熱気だった。 演技も飛ばしたり回ったりほぼコンプリート。 なんかもう、ライブだねこれ。 そう、ゲリラライブみたいな感じで、すごかった。 (やはり見とれて写真撮れず) コッコデショの担ぎ手はオーディションで 選ばれるのだというのを、今回初めて知って驚いた。 てっきり町の若い衆がやるもんだと思ってたら 内外からの「担ぎたい」という志願者から厳選され この日のために鍛えられた青年たちが担いでいるとのこと。 それぐらい、コッコデショの担ぎ手というのはものすごい ヒーローなのだ。おっかけ(主にレディ)もひときわ多い。 そんなドラマに、子供の頃はちっとも気付かなかった。 大人になるとまた、違う視点で楽しめて 感慨深いものがありました。 (踊り場編に続きます)
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